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長谷川希の食にまつわるエトセトラ Vol.3いのち透明に

先日、佐藤初女さんのおむすびを目当てに、青森は岩木山麓の「森のイスキア」を訪ねた。
ドキュメンタリー映画『地球交響曲・第二番』で拝見したのが、初女さんとの初めての出会い。

それから、おむすびをテーマに活動をしてゆく中で、何度か初女さんのことを想い、著書を拝読し、講演を聴き、ついには居ても立っても居らなくなって、初女さんのおむすびを頂きたいと青森まで押しかけた。はい、立派な追っかけです(笑)。


さて、食べることをとても大切にしている初女さん。
その初女さんの心のこもったおむすびを口にしたとたん、涙が溢れ、なにかが私の中に入ってきたことを感じた。その時は、ただもう美味しくて嬉しくて、どうしようもなかったのだけど、もしかして私の中に流れ込んできたそれは、食材のいのちだったのかもしれないなと、今になって思う。


食材を、いのちと捉える初女さんは、
食材は「いのちの移し変え」のときに透明になると、おっしゃった。


どういうことかというと、例えば、ほうれん草をゆでる時、お湯の中で茎の緑色が透明になる瞬間があって、その瞬間がとても大切なのだという。
これは、何分ゆでればいいとかそういう問題ではなく、真剣にほうれん草と向き合ってその透明になる一瞬を逃さないことが大切だ。


ほうれん草のいのちは、収穫されたら、そこで途絶える。
だから、店頭に並んでいるときは食材であって、もういのちではないのだ。
しかし、ゆでて透明になったときは、人に自らのいのちを捧げるに、ほうれん草がいのちを再生させるのだという。
これを、初女さんは「いのちの移し変え」とよび、ほ~うと、私は大きく頷いた。そして、この透明になるということは、実は料理だけではなく、あらゆるものに当てはまるのだと伺った。昔、乳母を選ぶ際、身上を考慮した後に、最後は、お乳の透明度で決めたこと、蝉も羽化するときに透き通ることしかり。


これまた、ほう、ほうと、ふくろうのように、大きく大きく頷いた。

そして、「人も透明にならなければならない」という予期しない一言で、私はハッと目が覚めるのだった。


後半に続きます☆☆☆


text / Nozomi Hasegawa
photo / Nozomi Hasegawa
design / SwingArts

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